御宮・鳥居
拝殿
鳥居・社号票
御神輿
左 中原御神輿 右 和泉御神輿
御神木
天然記念物 椎の木境内群生地
岬町指定文化財 中原玉崎神社
歴史・由来・詳細
- 御鎮座地
- 千葉県いすみ市岬町中原3628番地
- 御祭神
- 豊玉姫命 鵜葺草葺不合命
- 御祭礼
- 九月十三日
- 御立ち祭
- 十月三十一日
当神社は物部系氏族之を創建しまつり、往古夷隅川辺のまほらに鎮座し、大同二(平城天皇御代)今よりし約千二百年前、大宮(現椎木内鎮座せし為地名となれり)地区へ遷座されました。然るに天正十八年(後陽成天御代・関白秀吉公時)今より約四百年前兵火の災に遭ひ、よって御宮を営み、寛永十一年(明正天皇御代・三代将軍家光公時)本殿等再造営されました。而うして後蓬栄四年(東山天皇御代・五大将軍綱吉公時)今よりし約三百年前に至り、此の地へと再遷座されました。
中世期には社殿、中社、小社、樓閣、斎屋も列なり、猶近郷なる万木城対五城の祈願所ともなり且篤尊崇されました。近世紀迄神内あまた仕え侍ぶり、古記にも残る謂所山内郷四社に於ける元宮にして、過去国学四大人の一人・平田篤胤翁の逗留を始め遡りても諸士、諸雅、訪なひ、昭和御代迄祭礼日には、幕末三筆の一人米庵書伯揮毫す、豪仕無比の大幟もはためきました。秘むる史に蝉騒も椎の實も降る此のお庭、現社殿、霊神社、神輿庫、社務所は氏子総ての赤誠により昭和四年に造営されました。
御神歌
「赤むは諸こへ光れど白むの君が装し責しありけり」
上記内容簡素説明
「玉崎神社は1200年以上前西方より渡ってきた物部氏一族が和泉浦に創建した歴史ある古社で、かつては安房神社、香取神社と並び房総の3大神社と称されました。
9月13日に行われる十二社祭りの本宮にあたります。その昔、玉の浦と呼ばれた九十九里浜の最南端の太東埼の由縁から「玉崎神社」と呼ばれました。自然災害や戦火により1707年現在の地へ還座されました」
パワースポット・玉崎神社動画 (他リンク)